Yume Wo Kanare

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Yume Wo Katare

夢を持ち始めた人や夢を失いかけた人が、勇気を出して、力強く夢を語る、そんな場所です。夢を言葉に、そして声にすることで、自分自身を奮起させ、前に進む力となります。それは自分のみならず、その場で聞いてた別のお客や、現時点で夢を見つけられていない人たちのヒントとなり、勇気や元気を与えていきます。では、なぜ "大盛りのラーメン"なのか。大盛りのラーメンを完食するという行為は、夢を叶える事に類似しています。例えば、相当な量で知られているあの "二郎系ラーメン"を完食するには、その日のコンディションを整えるなど、ある種の努力が必要ですよね。夢を叶えるためには、相当な動力と覚悟が求められる。大なり小なり規模は違うにせよ、この "大盛りのラーメン"を食べきることと、夢を叶えることは、本質的には同じなのです。また、お会計システムも通常とは異なります。"自分"が、ラーメン代を支払うのではなく、その夢を聞いてくれた "応援する周りの人々"に、ご馳走(ゴチ!)してもらいます。その後、夢を叶えた本人は、お店の夢を語っている人にゴチしていくいうルールで、次の "夢叶え人"を応援していきます。このようなポジションサイクルを私たちは目指します。
【創業の精神、これまでの歩み】 『自ら夢を語れる仲間創出業』(第三創業) 2006年10月20日 学生街である、京都一乗寺にて 「ラーメン荘 夢を語れ」創業。 「店を出したい!」という 一つの夢を叶えた私の次の夢は、 『若者に夢を語れる人になってほしい』 であった。「ラーメン荘」の「荘」という文字には 『熱い若者が集まる場所』 という思いを込めた。 店は多くの若者に支持して頂き 瞬く間に繁盛していった。 でも、幸せにはなれなかった。 結婚後すぐ、妻 直美と二人で始めた店だが、朝から晩まで働き、 休みの日は買い出し…家族の時間はなかった。 そこでアルバイトさん、 続いて社員さんを採用した。 そして子どもが生まれ、 家族の時間を取れるようになった。しかし、共に働く仲間との距離が次第に離れていった。 そして、解散。4ヶ月間の休業… 自分の幸せのために、 仲間に夢を押し付けていた。 『夢を語れる店を作りたい、 みんなの夢を支援したい』との 思いで始めた店が、 仲間の夢を私自身が潰していた… 4ヶ月の閉店後、決意した! 『家族と共に、仲間と共に、 夢を語り合い、応援し合う会社にする』 2008年12月22日「株式会社夢を語れ」設立 夢を持つ熱い仲間が次々と集まった! 夢を支え合う最高のチームができた! でも、2年が経つ頃、 各仲間の仕事力に格段な差が生まれた。 支援する側と、支援される側に分かれてしまった… 支援する者は、成長し続けた。 支援される側は成長しないままだった。 どんな支援をしても逆効果だった。 ある日尊敬する経営者から言われた言葉 『君は夢を叶える手助けをしてるのではなく、夢を叶える力を奪っている。君は、君の夢を叶え続ける姿こそが支援になる』 この時私たちは真の理念を得た 『自ら夢を語れ!』 『共に』から『自ら』に進化した! そして、各店長が経営者となり、 「株式会社夢を語れ」は解散した。 そして、活動の場を海外に広げ 『Yume Wo Katare』が誕生した。 『Yume Wo Katare』は 固定の組織体ではなく、 理念に共感した仲間の集合体である。 世界中の人たちが夢を語り、 お金のためではなく、 夢を仕事にしている世界を創りたい どれだけ医療技術が進歩しても、 これから育ってくる若者が 将来に希望を持てないとしたら… そんな彼らに生きる力を持って欲しい。 そんな彼らに、夢にあふれた未来を プレゼントするために Yume Wo Katareを創業する。 2012年10月12日 Yume Wo Katare 創業者  西岡 津世志